

はい、しおかなだよ♪
こんにちは、たかです。

普段の生活で、「あれ?なんで私たち日本人は、こんなに毎日お米を食べているんだろう?」って不思議に思ったことない?
実はこれ、調べてみるとただの偶然じゃなくて、大昔のご先祖さまたちの熱いドラマと、生き残りをかけたちゃんとした理由があったんだよ!
今回は、明日誰かに話したくなる「お米のはじまりと日本の歴史の意外な雑学」について、分かりやすくサクッと解説するよ。一緒に「へぇ〜!」ってスッキリしちゃおう!
お米が日本にやってきたのは「生き残るため」の超一大プロジェクト!
日本でお米づくり(稲作)が始まったのは、「自然の気まぐれに左右されず、みんなが安定して食べていけるようにするため」なんだよ。
それまでの縄文時代は、木の実を拾ったり動物を狩ったりしていたから、獲れない時はみんなでお腹をペコペコにするしかなかったんだ。でも、約3000年前(縄文時代の終わりごろ)にアジア大陸からお米が伝わると、「自分たちで食べ物を作って、しかも長持ちさせられる!」って大革命が起きたんだよ。
お米は最強の「保存食」だったから
お米はちゃんと乾燥させれば、何ヶ月も、何年も腐らずに置いておけるんだ。つまり、冬の寒い時期や、大雨で何も獲れない時でも、お米さえあれば飢え死にせずに済むっていう、当時の人にとっては魔法のような食べ物だったんだよ。
狭い土地でも「たくさん」作れたから
麦など他の穀物に比べて、お米(水稲)は同じ広さの土地から圧倒的にたくさんの量が収穫できたんだ。だから、たくさんの人が集まって一つの村や、のちの「国」を作って豊かな暮らしができるようになったんだよ。
なるほど、お米はただの美味しい食べ物っていうだけじゃなくて、当時の命綱だったんだね。

昔の「お米の価値」が想像以上にヤバすぎる!

せっかくだから、お米にまつわる、もう一つ面白い雑学を紹介するね。
実は、江戸時代までお米はお金そのものだったって知ってた?
戦国時代や江戸時代、お殿様たちの強さは「石高(こくだか)」っていう、その土地でどれだけお米が獲れるかで表されていたんだよ。「お給料はお米で支給」が当たり前で、武士たちはもらったお米をお金に換えて買い物をしていたんだ。
つまり、当時の日本はお米を中心に回る「お米経済の国」だったんだよ!それだけお米への執念とリスペクトが凄かったんだね。
お給料がお米だったなんて、今じゃ考えられないよね。現代で言えば、給与明細に「コシヒカリ〇俵」って書かれてるようなものか……!

お米の歴史に関する よくある疑問(Q&A)

昔のお米って、今の白いお米と同じだったの?


実は、大昔のお米は「赤米(あかまい)」や「黒米(くろまい)」っていって、今でいう古代米みたいな色付きのお米が主流だったんだよ。
白米がみんなの食卓に並ぶようになったのは、もっとずーっと後の江戸時代中期くらいからなんだ!
最初にお米づくりが始まった場所って、やっぱり日本のどこかなの?


今のところ、日本の稲作のルーツは九州(福岡県や佐賀県の遺跡)で見つかったものが一番古いって言われているよ。
大陸から海を渡って、まずは九州に上陸して、そこから長い時間をかけて日本全国に広がっていったんだって!
「お米のはじまりと日本の歴史」まとめ

今回は、「お米のはじまりと日本の歴史」についての雑学を紹介しました!
- 生き残るための大革命:不安定な狩りから、安定して保存できるお米づくりへシフトした。
- 国づくりのエネルギー:お米がたくさん獲れるようになったことで、人が集まり日本という国ができた。
- お米はお金だった:江戸時代まで、お米は通貨と同じくらいの価値を持つ最強の存在だった。
今回の雑学はどうだったかな?
普段何気なく食べている白いごはんも、実は約3000年もの間、ご先祖さまたちが命がけで繋いできてくれた歴史の結晶だと思うと、一口の重みが変わってくるよね。
これからは一杯のごはんにもっと感謝して、一粒も残さずきれいに食べようと思ったよ。


うんうん!明日、友達に「ねぇ知ってる?お米ってお給料だったんだよ」って、ドヤ顔で話しちゃおう!(笑)
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ちなみに、私たちが毎日食べている「米」という漢字、なぜあの形になったか知っていますか?実はそこには、日本の神話や天皇家が今も大切にする「お米の神聖な秘密」が隠されているんです!
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