

はい、しおかなだよ♪
ロシアのお土産といえば、やっぱり「マトリョーシカ」だよね。あの入れ子になった木のお人形、かわいくてつい集めたくなっちゃう…!
でも実はこのマトリョーシカ、日本と深い関係があるって知ってた?今日はマトリョーシカの歴史や秘密、そして日本との驚きのつながりまで、たっぷり紹介していくよ♪
マトリョーシカってどんな人形?

マトリョーシカは、ロシア発祥の入れ子式木製人形。大きなお人形の中に、ひと回り小さい人形が入っていて、それを開けるとさらに小さい人形が…という構造になってるよ。
いちばん外側の人形は、ロシアの民族衣装を着た女性の姿が多いんだって。
名前の由来は、ロシアの女性名「マトリョーナ(Matryona)」から来ているといわれているよ。
「母性」や「大家族」を象徴する名前で、たくさんの子どもを産み育てるイメージが込められているんだって。入れ子構造も、家族のつながりを表していると考えられているよ。
マトリョーシカの誕生はいつ?
実はマトリョーシカが誕生したのは、19世紀末のこと。
1890年ごろ、モスクワ近郊で作られたのが始まりとされているよ。
制作に関わったのは、工芸家のセルゲイ・マリューチンと、ろくろ職人のヴァシリー・ズヴョズドチキン。
当時のロシアでは、民芸品を見直す動きが広がっていて、その中で生まれた作品なんだって。
でもここからがすごいポイント!
実は日本がルーツ!?意外なつながり

マトリョーシカの原型になったといわれているのが、日本の「福禄寿(ふくろくじゅ)」の人形なんだよ!
福禄寿は七福神のひとりで、長寿をつかさどる神様。
日本では、入れ子式になった福禄寿人形が存在していたとされていて、それがロシアに伝わった可能性があるっていわれているの。
当時、日本文化はヨーロッパでブームになっていて(いわゆるジャポニスム!)、ロシアでも日本の工芸品が注目されていたんだって。
ロシアの芸術家が日本の入れ子人形を見てヒントを得て、ロシア風にアレンジしたのがマトリョーシカの始まりという説が有力なんだよ。
日本とロシア、こんなところでつながっていたなんてびっくりだよね…!
最初のマトリョーシカはどんなデザイン?
最初に作られたマトリョーシカは、8体セットだったといわれているよ。
一番外側は、農村の少女の姿。
中には弟や妹、さらに赤ちゃんまで入っていたんだって。
つまり「ロシアの家族」を表現していたんだよね。
この作品は、1900年のパリ万博に出品され、高い評価を受けたことで世界中に広まったんだよ。
ソ連時代とマトリョーシカ
20世紀に入り、ロシア革命を経てソ連時代になると、マトリョーシカのデザインも変化していくよ。
民族衣装だけでなく、政治家や労働者、宇宙飛行士などをモチーフにしたものも登場したんだって。
時代ごとの社会や文化が、そのまま人形に反映されているのも面白いポイントだよね。
現代のマトリョーシカはこんなに進化!

今では伝統的なデザインだけじゃなくて、
- アニメキャラクター
- 世界の政治家
- スポーツ選手
- アーティスト
などをモチーフにしたユニークなマトリョーシカもたくさんあるよ。
観光地ではオーダーメイドで似顔絵を描いてくれるお店もあるんだって。
最近ではオンラインショップでも手軽に購入できて、日本でもインテリア雑貨として人気が続いているよ。
マトリョーシカに込められた意味
マトリョーシカは、ただのかわいい人形じゃないよ。
- 家族の絆
- 母性
- 生命の連続性
- 豊かさ
などを象徴しているといわれているの。
中から次々に現れる構造は、「命が受け継がれていくこと」を表しているとも考えられているよ。
文化や歴史を知ると、より深く味わえるよね。
しおかなの感想
正直、しおかなは最初「かわいいロシア雑貨」くらいのイメージしかなかったの。
でも日本の福禄寿がヒントになった可能性があるって知って、めちゃくちゃ驚いた…!
遠い国同士なのに、文化が影響しあって新しいものが生まれるって、本当にすごいよね。
しかも100年以上前の話だよ?
グローバルって最近の言葉だけど、昔から世界はつながってたんだなって感じたよ。
まとめ
- マトリョーシカは19世紀末にロシアで誕生
- 日本の福禄寿人形が原型という説が有力
- 家族や母性を象徴する入れ子構造
- 現代ではポップで多様なデザインも登場
かわいい見た目の裏に、こんな深い歴史と国際交流の物語があったなんてびっくりだよね。
これからマトリョーシカを見るとき、ちょっと違った目で見られそう♪

また面白い雑学があったら紹介するね!